疥癬診療ガイドライン

ガイドライン

疥癬ガイドライン(第3版)日皮会誌:125(11),2023-2048,2015(平成 27)をまとめました.

疥癬の定義

  • ヒト皮膚角質層に寄生するヒゼンダニ(疥癬虫,Sarcoptesscabiei var. hominis)の感染により発症.
  • ヒゼンダニの虫体,糞,脱皮殻などに対するアレルギー反応による皮膚病変と瘙痒を主症状とする感染症.
  • 通常,同一の病棟・ユニット内などで 2 カ月以内に2 人以上の疥癬患者が発生した場合を集団発生(outbreak)とする.

ヒゼンダニ(疥癬虫)の生態

  • 雌成虫が一番大きく,体長は約 400 μm,体幅は約 325 μm で,雄は雌の約 60%の大きさである.
  • 卵→幼虫→若虫→成虫と脱皮を繰り返しながら成長する.
  • 卵は 3~5 日で孵化し,その生活環は約 10~14 日間である.
  • 交尾後,雌成虫は角質層にトンネルを掘り進み,寿命が尽きるまで 4~6 週間にわたって 1 日 2~4 個ずつ産卵しながら移動する.
  • ヒゼンダニは吸血性のダニではない.
  • 乾燥に弱く,体温より低い温度では動きが鈍く,16℃以下では動かない.
  • 皮膚から離れるとおおむね数時間で感染力が低下すると推定される.
  • 高温に弱く 50℃,10 分間でヒゼンダニは死滅する.

病型分類

疥癬の種類 寄生数
通常疥癬
  • 雌成虫が患者の半数例で 5 匹以下(通常免疫の場合)
  • 肌と肌の直接接触.
  • 約1-2ヶ月の潜伏期間
角化型疥癬(痂皮型疥癬,蛎殻様疥癬)
  • 100~200 万匹,時として 500 万匹以上
  • ヒゼンダニが角質内に多数存在するため,剥がれた角層の飛散などで感染することもある.
  • 潜伏期間が4-5日に短縮することがある

臨床症状

通常疥癬

  • 主に下記の3種類に大別.
  • 小水疱,水疱,膿疱,痂皮などの皮疹を認めることもある.
  • 原則として頭部,顔面に皮疹を認めることはないが,小児,高齢者では例外もある.
  • 小児では疥癬罹患時や治癒後に手掌や足蹠に小水疱,小膿疱が発症する acropustulosis of infancy と呼ばれる病態を呈することがある.
疥癬トンネル
  • 手関節屈側,手掌,指間,指側面などに好発.
  • 雌成虫が産卵しながら角質層内を掘り進んでいる道筋.
  • 疥癬トンネル周囲をアルコール綿でひと拭きするとヒゼンダニを発見しやすい
  • 掻痒を認めるが,高齢者では掻痒感を欠くこともある.
アレルギー反応
  • 臍部や腹部,胸部,腋窩,大腿内側,上腕屈側などに散在する
  • 激しい掻痒と伴った紅斑性丘疹
赤褐色の結節
  • 主に男性の外陰部にみられる小豆大,赤褐色の結節
  • 腋窩,肘頭部,臀部に認められることもある
  • 頻度は7%~30%程度
  • 瘙痒が非常に強い

角化型疥癬

  • 全身衰弱者や,重篤な基礎疾患を有する人,ステロイド剤や免疫抑制剤の投与などにより免疫能の低下している人など,またそれらを有する高齢者に発症する病型.
  • 灰色から黄白色で,ざらざらと厚く蛎殻様に重積した角質増殖が,手・足,臀部,肘頭部,膝蓋部などの摩擦を受けやすい部位の他に,通常疥癬では侵されない頭部,頸部,耳介部を含む全身に認められる.
  • 全身の皮膚が潮紅し,紅皮症状態になることもある.
  • 爪にも同様の角質増殖を伴うこともある(爪疥癬).
  • 近年は,皮疹が掌蹠,足,爪,時には耳介,頸部,頭部などに限局して認める症例も増加してきている.
  • 角化型疥癬患者では細菌性の二次感染や腎不全などを併発することがあり,致死的になることもあるため,早期の治療が必要.

検査

  • 検体は真菌検査と同じ要領で 100 倍にて観察する.
  • KOH 法では糞塊は容易に溶解する.
  • クロラゾール・ブラック E(chlorazol black E)染色では糞も染色可能
  • 疥癬トンネルの先端部に,顎体部と前二対の脚が黒褐色で,その後方に続くほぼ透明な円形の胸腹部として観察される.
  • ダーモスコピーの保険適応はない

治療

  一般名 製品名   薬理作用 小児 妊婦
内服 イベルメクチン ストロメクトール A 神経細胞のClチャンネルに主に作用(麻痺) 体重 15 kg 未満の小児に対する安全性は確立していない 動物実験で催奇形性あり
外用 フェノトリン スミスリン®ローション A 神経細胞のNaチャンネルに主に作用(興奮) 安全性は確立していない
(使用経験がない)
安全性は確立していない
(使用経験がない)
イオウ イオウ末 C1 直接,間接的に殺菌,殺虫効果を示す
有機イオウ チアントール
(一般用医薬品のみ)
クロタミトン オイラックス®クリーム C1 不明 広範囲の部位に使用しない 大量又は長期にわたる広範囲の使用を避ける
安息香酸
ベンジル
安息香酸ベンジル C1 不明 2 歳以下の小児には使用しない 使用を控える
ペルメトリン ELIMITE®CREAM C1 神経細胞のNaチャンネルに主に作用(興奮) 2 カ月未満の小児には有効性,安全性は確立していない
  • 赤字は保険適応
  • オイラックス®クリーム
  • は保険適用にはなっていないが,社会保険診療報酬支払基金より「原則としてクロタミトンを疥癬に処方した場合,当該使用事例を審査上認める.」旨の通知が出された.
  • 薬剤耐性ヒゼンダニの出現を誘発するので長期,過量投与は控える.

使用方法

内服 イベルメクチン
  • 空腹時に水とともに 200 μg/kg を服用する.
  • 1 週後に再来させ,ヒゼンダニの検出か,皮疹の新生が認められる場合には,再度イベルメクチンを投与する.
  • 体重 15 kg 未満の小児に対しては,安全性は確立していない.
  • 妊婦には動物実験で催奇形性が認められており,投与すべきではない.
  • 授乳婦は服用時の授乳中止ばかりでなく,服用後十分な時間経過した後に授乳することが望ましい.
  • 治療初期にはヒゼンダニが死滅することによる虫体成分の放出のため,瘙痒や皮疹が一過性に増悪することがある.
  • 脂溶性のため,水に懸濁して胃管投与する場合は,沈殿物も再度洗浄して投与する.
外用 フェノトリン
  • 1 週間隔で,1 回 30 g を頸部以下の皮膚に塗布し,塗布後 12 時間以上経過した後に入浴,シャワー等で洗浄,除去する.少なくとも 2 回の塗布を行う.
  • 小児への投与は使用経験がなく(安全性は確立していない),体表面積が小さいことから,使用する場合は 1 回塗布量を適宜減量する.
  • 妊婦に対しては,使用経験がなく,安全性は確立していないため,治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ使用
  • 授乳婦については乳汁中にフェノトリンが分泌される可能性があるため,やむを得ず使用する場合は外用 7 日後までは授乳を中止すべきである.
  • フェノトリン抵抗性のアタマジラミが問題になっており,漫然と使用しない.
イオウ
  • 5~10%の沈降イオウ軟膏(特殊製剤として院内調製)を塗布後 24 時間洗浄
  • 2~5 日間または 7 日間繰り返す.
有機イオウ
クロタミトン
  • 10%クロタミトンクリームを全身に塗布後,24 時間で洗浄
  • 5日間繰り返せばよいとされているが,実際には 10~14 日間程度の塗布が必要.
  • ステロイド含有クロタミトン製剤は使用すべきでない.
  • 頻回に使用して子供にメトヘモグロビン血症を誘発したとの報告もあるので連用には注意が必要.
安息香酸
ベンジル
  • 塗布後24 時間で洗い流し,2~3 日間繰り返し 4~5 日間休薬,または隔日で 3 回など様々な方法がある.
  • 刺激感が強く,眼に入ると結膜炎を起こし,中枢神経障害の副作用も報告されているため,顔面・頸部の外用は慎重に行い,眼に入らないようにする.
  • 妊婦,2 歳以下では使用しない.

治療判定

  • 1 週間隔で 2 回連続してヒゼンダニを検出できず,疥癬トンネルなど疥癬に特徴的な皮疹
  • の新生がない場合に治癒.
  • 潜伏期間が約1~2 カ月間であるため,最後の観察より 1 カ月後に最終治癒判定を行うことが好ましい.
  • イベルメクチン投与例では 2~4 カ月後の再燃が報告されているので,数カ月後まで観察することが望ましい.
  • 発疹や掻痒が,3 カ月~1 年間続くこともあるので,この症状に対しては,漫然と疥癬治療を続けるのではなく,適宜保湿剤やステロイド剤外用,抗ヒスタミン薬などの投与を行う.
  • 現時点では再感染・再燃症例の治療に薬剤抵抗性を考慮しなくてもよい.

動物疥癬

  • ヒトを本来の宿主としないヒゼンダニが,ヒトに一時寄生して起こす皮膚疾患を動物疥癬(animal-transmitted scabies)という.
  • 動物疥癬の臨床像はヒトの通常疥癬に類似しており,紅斑性丘疹が体幹,四肢に多発し,強い瘙痒を伴う.時には小膿疱を認めることもある.
  • 疥癬トンネルや陰部の結節などは通常見られない.
  • イヌヒゼンダニによる動物疥癬の一般的な臨床的特徴
    ①指間や手掌に皮疹がなく,疥癬トンネルを認めない
    ②ヒトの皮疹からヒゼンダニを検出することは困難
    ③皮疹は罹患犬との接触部位(胸腹部,前腕部)に好発する
    ④症状発現までの期間は罹患犬との接触後数時間から 1 カ月である
  • 疥癬に類似した臨床所見で,手掌や指間に皮疹がなく,疥癬トンネルを認めない場合は動物疥癬を疑う.
  • 動物の鱗屑をとって直接検鏡でヒゼンダニを検出できれば診断が確定する.
  • 感染源となっている罹患動物との接触を避け,その動物を治療することが最も重要であり,それが完了しないとヒトの皮疹は治癒しない.
  • ヒトの皮疹は動物由来のヒゼンダニに対するアレルギー反応であり,ヒトの皮膚では動物のヒゼンダニは繁殖しないので抗疥癬薬を使用する必要はない.

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