日本皮膚科学会雑誌 2021 年 131 巻 1 号 p. 35-41
特発性後天性全身性無汗症(AIGA)とは
- 後天性特発性全身性無汗症(Acquired Idiopathic Generalized Anhidrosis:AIGA)は基礎疾患がなく突如発症する無汗を特徴とし,発汗障害以外の自律神経異常および神経学的異常を伴わない疾患.
- 発生機序は不明
- 2015年 7 月に指定難病に指定
疫学
- 正確な有病率は不明だが、過去に100例程度の症例が報告されている.
- 約九割が男性
- 女性は比較的軽症
- 10~20代の若年者に多いが平均年齢は上昇傾向にある.
- 70歳発症や2歳発症の報告もあるので注意.
- 性機能アンドロゲンレセプターの発現との関連や、男性ホルモン投与で悪化などの報告があり、性ホルモンとの関連も.
病因、病態
AIGAの病型
- 交感神経中で発汗神経の障害(Sudomotor neuropathy)
- 神経終末からのシグナルが何らかの原因で汗腺が応答しない,特発性純粋発汗機能不全(IPSF:Idiopathic pure sudomotor failure)
- 特発性汗腺不全(Sweat gland failure)
の3病型に分けられる.
(日皮会誌:131(1),35-41,2021より引用)
特発性純粋発汗機能不全(IPSF:Idiopathic pure sudomotor failure)
AIGAの約9割がIPSFで,IPSFは狭義のAIGAとも言われている.
- アセチルコリンエステラーゼの発現低下
- ムスカリン性(M3)アセチルコリン受容体(AchR M3)に対する自己抗体の可能性
- アクアポリンとの関係性
- 血清CEAとの関連(マルホ皮膚科セミナー「特発性後天性全身性無汗症におけるバイオマーカー」参照)
など,一定の成果は報告されているものの,AIGAの病因は未解決のままである.
横断的発症因子
AIGAの中でもIPSFには特徴的な症候や所見が知られている.
コリン性蕁麻疹
- コリン性蕁麻疹の合併の頻度は AIGA患者50例中38例(76%)
- IPSF 症例に限ると 46 例中37例(80%)が合併
- 非 IPSF 症例は4例中1例(25%)が合併
血清IgE値の上昇
血液検査を施行された49例中8例にIgE高値を認めた.
その8例全例にアレルギー性鼻炎,食物アレルギーやアトピー性皮膚炎といったアレルギー性疾患を既往に持つためAIGAの病態との関係は不明である.
発症前の暑熱環境暴露
20例中13例(65%)が暑熱環境(溶接や工場勤務,運動部に所属など)に暴露されていた.
皮膚病理組織所見
発汗障害部位のエクリン汗腺周囲にリンパ球浸潤を中心とした炎症細胞浸潤を認めることがある.
AIGA患者50例中,病理組織検査を施行されたのは40例で,その内リンパ球浸潤を伴っていた例はわずか 2 例(5%)のみでリンパ球浸潤も経度であった.
診断
鑑別診断
無汗症の分類を理解し,先天性,続発性,分節型無汗症を除外することが重要
先天性無汗症
無汗性低汗性外胚葉形成不全,無痛無汗症,Fabry 病など
遺伝子診断が重要
続発性無汗症
- パーキンソン病や糖尿病に伴う神経障害によるもの
- シェーグレン症候群に伴う外分泌腺機能障害による発汗低下
- アトピー性皮膚炎による発汗障害
- 椎間板ヘルニアや頸椎症に伴う神経根症としての発汗障害
- 悪性腫瘍などの神経浸潤
- 病側が無汗で健側に代償性発汗があり,多汗として患者には感じられ,無汗よりも多汗が主訴となることもある.
- 左右差や上下差があれば CT や MRI などの画像診断は行うべきである.
重症度判定
- ヨウ素デンプン反応を利用したミノール法を用いた温熱発汗試験で病変面積を特定
- 温度40℃,湿度50%の暑熱環境をの人工気候室は大掛かりな設備が必要.
- 足浴用の簡易浴槽を用いてミノール法で観察する簡便法もある.
- 温熱負荷試験は保険収載
- 5%アセチルコリン(オピソードⓇ)を0.1mL 皮内注射での発汗の有無の測定
- イオントフォレーシスを利用した定量的軸索反射性発汗試験(QSART)
AIGA50症例の検討
- 8例 軽症から中等症
- ある程度の発汗が残っている部位は頸部や胸背部でも正中に近い部位,腹部,大腿の一部
- 前腕や下腿など四肢でも末梢側は全例発汗が障害されていた.
- 42例 重症
- 重症は,精神発汗部位や一部の頭部を除くほぼ全身の体表面積 75% 以上の発汗障害を認める例が多くを占めていた.
治療
副腎皮質ステロイド
- メチルプレドニゾロン1,000mgを3日間点滴静注のステロイドパルス
- 2~3 回まで
- パルス間の間隔は少なくとも 1 カ月以上は開ける.
- 効果発現は2週間ほど,遅くとも1ヶ月後には効果がみられる.
- 無治療期間が長い場合や発症年齢が高い例ではステロイドパルス療法の効果が乏しい傾向はある.
- PSL15-30mg/日の後療法からの漸減が行われてきたが,PSL内服は行わず発汗を促す運動負荷だけで再燃を抑えれた例がしばしばある.
- 中等症程度であればメチルプレドニゾロン500mgを3日間点滴静注のミニパルス
- 乏汗であればPSL15-30mg/日
その他の治療
- シクロスポリンの内服療法(2~5mg/kg/日程度)
- 紫苓湯
- 視床下部からの副腎皮質刺激ホルモン放出因子の分泌を刺激し内因性ステロイド分泌亢進作用を有する
- 葛根湯
- 発汗を促す.
- 特にステロイド全身投与の効果が乏しい IPSF 以外の病型やステロイド投与で反応しない難治症例,自律神経障害や原因不明な非 AIGA 症例でも葛根湯が有効であった症例が報告されている.
- 抗ヒスタミン剤
- ヒスタミンH1受容体を介した発汗阻害作用のあるヒスタミンを抑制する.
予後
ステロイド全身投与後中長期間(1 年以上),定期的に経過を診ることのできた28例(パルス療法施行例が23例,ステロイド内服のみが5例)についての予後解析
- ステロイドパルス療法施行の 23例中8例(35%)はステロイドパルス療法 1 回のみで寛解
- 2例冬に再燃があったが、発汗負荷のみで軽快
- 23例中5例は1回目のパルスで一度は改善するも,ステロイドパルス療法施行4~8カ月後に一度再燃し 2 回目のパルス療法で寛解
- 23例中残りの6例は、パルス後に1週間程度のPSL15-30mg/日を要した例と、パルスが必要であったのが3例づつであった.
(日皮会誌:131(1),35-41,2021より引用)
- ステロイド内服のみで加療した軽症から中等度症例5例では,4 例は程度の差はあるが経過観察の中で再燃を来し短期間のステロイド内服を追加することで軽快し再燃経過していた.
季節性
- AIGA特にIPSFではしばしば冬期に悪化し夏期に寛解する.
- 発汗を促しうる夏期で症状が改善し,発汗刺激があまりない冬期に悪化することを意味している.
- 無汗症では発汗を誘発するためにある程度の発汗負荷をむしろ行ったほうがよいとする根拠になっている.
- 2~3 回のパルス療法施行で効果が見られない場合は他の治療か発汗負荷により発汗を促すことにシフトしたり,ステロイドパルス療法で効果があっても,再燃を防止する目的で発汗負荷を行うことが最近では推奨されつつある.
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